Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

一万字プロフィール初版

起業塾の人に書いてみるといいよと言われたので書いてみる。
―――

厨二、傲慢、哲学野郎のテルルです。

僕は自分の考えたこと間違いだって気づくまで正しいと思うし、誰かに聞いて欲しいです。
 
一 テルルのコミュ力史
 
高一の冬休み、俺は2chの哲学板にはまった。世の中で恐れられているねらーの哲学板の奴らを全て敵に回し「Res Killer」というコテハンで俺は各スレで暴れまくった。高三の頃再び出没したら俺のことを覚えてくれた人がいたようだ
参考サイト:第一回北野杯 ~俺を論破したら一億円!~

 
名前のとおり批判ばかりしていた。なにせ自分の意見をいっても大抵無視されるのでつまらない。批判ばかりだったが「では物事というのはどう考えれば正しいのか」と自然に考えるようになった。考えた問題について、俺はすべて自分なりの答えを見つけることができた。それを繰り返しているうちに考えが整理され自分のすべきことが見えてきた。
 
 仮にこの複雑に見える世の中の問題全てに2chの哲学板で考えたように答えを見出すことができたら、俺はもう人を困らせることも傷つけることもなくなり、心から納得できる人生を歩むことが出来るのではないか。数学しかできないミスばっかりで人とまともに話もできない自分が世の中に価値をあたえることができるとしたらそれしかない。その結論に無意識で到達し、この一年という時間をそのために使うと、2011年一月十三日。その日は雪が降り校庭が一面の雪になり始業式が行われた。俺は机に突っ伏して俺に話しかけてきたKの顔をよく覚えている。
参考記事:ごめんなさい い

Kはこの記事に出てくるKだ。俺は人間関係、学力、時間、俺は俺の全てを犠牲にして哲学の研究にすべてを捧げることを決意した。それが高校二年という一年だった。クラスメート全員に全力で馬鹿にされたと思う。俺は孤独と怒り、そして日々の哲学研究で死ぬほど疲れていた。これまでの人生でもっとも辛い一年だったが、これほど意味のある一年はこれまた俺の人生には訪れないと思う。俺の思想形成はそのようになされた。深さ限りない泥の中で俺は星を掴んだ。
------
参考記事
テルルのコミュ力史 ろ
テルルのコミュ力史 は
------

 
二 基幹理論
-----
流石に長すぎるのでの残りは追記で
2chまとめLite
ねらー七つ道具。ちなみにテルルはガラケー(´;ω;`)


なんで記事分割しないのワロタwwwと思ったらクリック!!(´∀`)↓↓

東大生ブログランキング

にほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村
-----

 そもそもこの世の中一番大事なこととはなんなのか。

それは幸福。それも一部の人間の幸福ではなく全ての人間が幸福になること。

一番大事だということだということはほかの全てを賭けても叶えるということ。当然のように人生を賭けるということ。俺は人類皆幸福の為に命を賭ける。

では幸福とは何か? 常識では「人それぞれ」ということだけど、俺の出した答えは「わからない」幸福とは何か? この問に答えを出した時点で歪みが生じて人は幸福ではなくなることを歴史は証明する。幸福は人類の知では到達できない深淵。しかしこの幸福とはなにかという問いに最も的確に答えることができるとしたらその地域に根ざし長い時間とともに洗練された伝統価値ではないか。

日本の場合重要な価値は三つあって血縁で結びつく家族、地縁で結びつく郷土、歴史と文化と伝統で結びつく国だと考えた。

基幹理論は以上で全てではなく、重要な論点を残しているが、それはブログの他の記事に譲ることにする。

正しさは人それぞれ
幸せは人それぞれ

 という反論がある。
 
しかし世界にはこの一言に苦しんでいる人が沢山いる。

この言葉通り俺は自分の考える通り行動した。

その結果たくさんの人を傷つけ、たくさんの人を怒らせ、たくさんの人を悲しませた。俺はずっと孤独だった。

俺の幸せは本当の幸せではなかったし、俺の正しさは本当の正しさではなかった。

この考えに無意識で到達したとき俺は泣いた。ピアノ教室でないた。その時周りの誰も俺が何故泣いているのかわからなかった。俺自身もわからなかった。

こんな世界、生きて何が楽しいのか。小さい頃俺は死にたいと思った。しかしその時俺は小学二年生だった。

いくらなんでも早すぎる。今まで生きてきた時間の十倍以上の長さの人生、世界に本当に楽しみはないのか。生きていてよかったと思える瞬間はないのか。俺は短い人生の色々な思い出を思い出していた。

否。人生には確かに意味があると思える瞬間がある。どれほどクソでも俺は世界を愛している。死にたいと思ったのが小さいころだったから俺はこの域に到達できたが、基本的にみんな心の底は一緒だと思う。この考え方は確実に俺の哲学の根底にあると思う。人間一度は死にたいと思ってみてもいいのではないか。それは小さい頃に思うべきだ。そうすれば俺みたいに世界に対する愛に気づけるんじゃないかな。

基幹理論を人にわかるように一生懸命まとめたwebページはこちら
国郷家計画
------
参考記事
国郷家計画トップページ
人それぞれ

今こそルソーを読み直す (生活人新書 333)
三百年前最も醜い世間の泥沼のそこで人間を強く愛しつづけた男がいた。啓蒙時代にあってロマン主義の先駆けと言われたジャン・ジャック・ルソーである。

------

三 大方針

俺はしりたい。幸せな家族を作るためにはどうすればいいのか。幸せな郷土を作るにはどうすればいいのか。幸せな国を作るためにはどうすればいいのか

と、若造がいくら理想を謳ったところで、誰ひとり幸せにはできない。良識のある大人は俺の話をじっくり聞いてくれるし、感心してくれる。しかし彼の生き方を変えることは決してできない。俺の話を聞いてくれた大人は決まってこう言う。「自分で稼いでみろ」

俺の哲学は基幹理論だけでは決して完璧ではない。基幹理論は単体では人を幸せにできない。

大学一年の時塾講のアルバイトの面接で僕の哲学の話をしたら面接官の人に賞賛された。その時面接官はこう言った。「目の前のことで精一杯で理想を追うなんてとうに諦めてしまった。その理想を信念まで落とし込んでいるというのは凄いことだ」

今の時代多くの人が生きるために、愛する者を守るために精一杯だ。そんな彼らにただ理想だけ語っても彼らを幸せにすることはできない。理想を謳う者はそれが現実と調和する方法もまた考えなければならない。

哲学者は、安楽椅子に座り、象牙の塔に引きこもってはならない。偽善者でないなら、哲学と最も無縁な人々に語りかけなければならない。生きるだけで精一杯の人々に優しく語りなければならない。この資本主義という時代に向き合わなければならない。だから俺は起業する。基幹理論が本当に人を幸せにする方法を見つけるために。

計画は二段ロケット。どうしたら幸せになれるのかを考えそれを普及すること。今は二段階目。為すべきことは二つ。普及と実践。普及のためには本を書く。それだとあまり広がらないから、伝えられるように社会に影響力を持ちたい。そのために起業する。幸福とは何か。深遠すぎるこの問いに応えられる人はいない。最も的確に答えることができるとしたらその地域に根ざした洗練された伝統価値だろう。それは国によって民族によって違う。日本で特に重要な価値は三つ。血縁の結びつきである家族。地縁の結びつきである郷土。文化と歴史の結びつきである国つまり幸せな家族、郷土、そして国を作るための方法を考える。幸せな家族を作るということは恋をするということ。郷土、国に影響を与えるにはやはり起業ということになる。本を書く。起業する。幸せな家族、郷土、国を作ること。これが俺が人生でなすべき五大業である。

現在なすべきこと、今しかできないこと、それはこのうち恋だ。だから恋愛研究。大学一年生の春休みから始めた。だいぶ積み重なってきたが、恋愛研究は終わりそうで終わらない。答えは遠くにあるように思えて意外と近くかもしれない
------
参考記事
国郷家計画 計画概要 第四頁
人それぞれ

LOVE理論
悔しいですが恋愛理論とググって一番に出てくるのは殴り書きではなく圧倒的にこのlove理論のようですね

------


四 過去の声

自分の未熟さと社会の悲しみに挑み続ける苦悩は終わらない。

それでもこの努力には重大な意味がある。どれほどいやなことも忘れずに考え続けていれば、いつか社会は必ず答えを教えてくれることを俺は知っている。俺は諦めない。

俺は過去の印象に残った経験をどこまでも記憶にとどめ、どこまでも考え続けることで哲学を築き上げた。つまり俺の哲学に修正を迫るには俺の人生解釈全体に修正を迫らなければならない。だから俺は俺の哲学に自信が持てる。世の中には「過去は大事じゃない」という言葉があるが、俺は過去をどこまでも大事にしてきたからこそ自分の哲学に自信が持てる。

過去の俺はどうしようもない苦しみをまえに、せめて未来に希望を託し苦しみと引き換えに今の俺に記憶を託した。俺はそんな過去の俺が伝えてくれる記憶のおかげで自信に満ちた哲学を築いたのだ。俺は苦しんでいた過去の自分を見捨てない。過去の俺は報われたかった。彼の為にこれからも死力を尽くして成長する。
俺が哲学を志したのは高一の一月十三日。

最初期の俺の研究対象は専ら自分自身だった。周りが楽しそうにしているのに自分だけ毎日圧迫されているのはなぜだろうと。その時の俺にとって常に強い興味のある問だった。その時の俺は人間を四つに分けて考えるtics理論によって理解した。つまりtics理論は哲学だと意識して考えた最初の理論だね。

tics理論は半年の歳月をかけて俺の哲学の三大理論の一つCP理論へと洗練された。「宇宙の全概念は安定だけど可能性の閉ざされた存在ペルソナと、不安定だけど可能性に満ちた存在カオスの働きにより理解できる。」(ここら辺無理に理解しなくていいから)俺は理想の自分を目指して常にカオス的であろうとする。凡人は安定な自己を目指して常にペルソナ的であろうとする。これが自他の違いの本質に違いない。

しかしこの考えでは理解できない奇行や気分の変化が俺には多すぎた。そこで自分の気分の変化パターンのチャート図を描いてみた。この時のチャート図は複雑すぎて自分への理解からは程遠かった。

高三二学期のころ、自分の行動には三つの原則があるのではないかと考えた。1.繊細であること 2.さみしがり屋であること 3.使命感 この三つによって自分の気になる行動や気持ちの変化は大体理解した。この考えは浪人の頃に固まった。

三原則理論にも問題があった。自分の数学好きや、凝り性、文学センスなど自分の重要な特徴のいくつかが依然この理論では理解できなかった。自分の全ての行動の本質はなにか。それは非常に強力な感受性ではないか。この考えに至ったのが浪人二学期。感性が強いからこそ、自分は繊細で、さみしがり屋で、強い正義感を持っている。そして無味乾燥な数式に情緒を見出すことができてなんにでも良さを発見できるから凝り性で、言葉に対する感覚も研ぎ澄まされている。

では何故自分は感性が強いのか。自分の性質はどこから来るのか。やっぱり自分の根本はわからなかった。これ以上はもう遡れないだろうと思っていたけど、遡れることができた。2014年五月二十二日また一つ俺は自分の奥にたどり着いた。

俺は唯一無二の個性だけど、部分的な共通点を持つ人は結構いる。感じ方と考え方において俺とIs、そしてTyはすごく似ている。鋭い洞察力、目的に対する執着、強い性欲、優しさ、傷つきやすさ。ちなみに抜群のバランスを持ち、且つ失敗を恐れすぎない点で言うとEn先輩とMkとShさんは似ていると思う。

三人の違いはこう。俺は常識から自由である代わりに人の気持ちがわからない。俺は過去を徹底的に研究することで抜群の成果を出してきた。その結果として圧倒的内面の深みを持つに至る。加えて俺にはリスクヘッジがある。Isは常識があるけど視点が常に現在にあって、深みが足りない。行動力があって、誰よりも選択と集中を徹底できる。裏表がない。Tyは三人の中では一番常識がある。はっきり裏表があるけど俺程じゃない。リスクヘッジは一番下手で自信がない。

たぶん俺たち三人は素質だけみたら殆ど同一人物だろう。俺たちを分けたのは育った環境だ。俺の場合だけ考えると、俺は何不自由ない裕福な家で眉目秀麗、才色兼備の両親に心からの愛を受けて育った。俺が常識から自由なのは幼少期の傍若無人から来ているわけですね。

この興味本位の他人研究がかねてからの自分研究と結びついたのが五月二十二日の発見だった。俺の記憶力は母の腹の中にいた頃の記憶まである。だから小さい頃自分が何を感じていたか思い出せる。

生まれてから二ヶ月自分を心から愛する両親や親戚がつきっきりでそばにいた。俺はその時完全無欠の満たされた世界にいた。次第に親戚がいなくなり、父親が仕事に出かけるようになり二ヶ月後俺は保育園で一人ぼっちになった。次第に家でも親が自分とつきっきりではいてくれなくなった。

あたりまえのことんなんだが人生経験ゼロのゼロ歳児には壮絶な悲しみだった。この時のやり場のない悲しみが、俺の感性の原点。つまり俺の人生のテーマは「調和への飽くなき渇望」数学の世界は何一つ欠けのない調和で満たされている。だから俺は数学が好きなのだと思う。俺は完全じゃないことに非常に敏感。自分の思う最高の状態と現状のどんな微妙な違いも感じ取ってそれを埋めるために常に奔走している。俺の中には世界のすべてのことについて自分の想定しうる最高のモチーフがあって、俺の感性はそのモチーフと現実を厳密に比較することで働いている。

生まれた頃の二ヶ月で全てが始まった。俺はあの時の調和で満たされた世界を何よりも愛している。それが俺の本質。
------
Trちゃんへのメッセージをベースに

児童心理学 (放送大学教材)
小さい頃の心理。これを読めばもう少し思い出せるかな。

------

五 集中と分散

俺を理解する鍵の一つに集中型と分散型という考え方がある。集中型の長所は短期間で最高の成果を上げられること。俺が中学受験と現役大学受験に失敗した理由は集中が全然出来てなかったからだし、逆に浪人で東大になんとか入ってこられたのは集中が出来たからだ。

しかしながら分散型にもいいところはあるし、集中型にも悪いところはある。全教科本気でやり、兼部し、洋琴(ピアノ)を習い、構成(プログラム)を独学し、生徒会をやると何一つ身につかない代わりに全分野に通底するものが見える。政治、学問、音楽、起業、小問答(クイズ)大会。人間の諸活動は全て人のやることである限り本質は何も変わらない。俺は分散型であるが故にそれを感覚で身につけられるし、忘れることもない。誰にでもできるわけじゃない能力のことを特殊能力といおう。俺の特殊能力の起源はここにある

逆に集中型の悪いところは「喉元すぎれば熱さ忘れる」俺は渋幕の中学卓球部最弱でしたが中三でやめたあとも地域の体育館に通ったりして時々やっていた。高三になるとみんな卓球部やめることになる。すると体育の授業で卓球の授業があると、卓球部最強と熱戦。中堅は最早相手ではない。最弱の俺がである。分散型はたまにしかやらない分一回一回が重く定着するわけだ。

かといって俺は集中ができないかというとそうではない。夏休みの数学の宿題貰った途端没頭して二日で終わらせるとか、次の日定期試験なのに、エロ画像保存で四時まで起きているとか意図しない集中ならできる。意図する集中は全然続かない。小学校の頃はたった二日です。そのあとは二週間から三ヶ月くらいの懈怠期が訪れるのである。それが俺の大学一年までの二十年だった。
------
参考記事
集中と分散
集中と分散 ろ

直感力 (PHP新書)
ここは一つ直感力について羽生さんに聞いてみよう

------

六.テルルの主な特殊能力

・繊細かつ激烈な感受性(センス)
天性の感受性をさらに研ぎ澄ませている。強靭な記憶力の源。人の表情を読んだり、学んだことを感覚レベルで理解して、物事の微妙な兆候を敏感に捉えたりする。
高校一年の時高校演劇部に入ってセンスがかなり磨かれたと思う。

・究極の思考力(ロジック)
自画自賛で恐縮だが俺のロジックは世界一だと思う。俺ほど洗練された思考ができるやつは、遅かれ早かれ必ず頭角を顕す。高校二年生の頃の俺が常識を跳ね除けて自分のロジックをとことん信じることができた故に、ここまで研ぎ澄まされた。感覚を言語化し、要素を組み立てる。これの核となる能力は数学によって培われた。俺は小さい頃から数学が大好きだ。使命感がなければ一生数学をやっていたいくらいだ。その理由は前述。俺は毎年東大を何十人とだす母校でKと並んで数学の学年二強と言われた。俺にとって数学はおもちゃである。俺を楽しみながら鍛えてくれたおもちゃだ。

高校一年の冬休みに2chの哲学板で議論したことにより、ひとつの力としてまとまり、高校二年の地獄の一年により、他人には殆ど追いつけない域に達し、浪人、大学を通じ今この瞬間も研ぎ澄まされているテルルの伝家の宝刀

・豊かな発想力
俺が中高時代最も楽しかった思い出は中学二年生の時のスキー研修だ。希望者が全体の四分の一くらいだったため普段あまり話さない人とも同じ部屋になり、みんなで将棋をして遊んだ。俺はそこで将棋を覚え、高校二年まで没頭した。

自分がどう行動すると、世の中がどういう反応をして、それに俺がどう対処するか、という先読みができるようになったことによりロジック始め俺の能力は全方面向上した。最善の一手を見つけるために発想力も身についた。俺はアイディアマンだ。

・我が身を顧みない行動力
失敗を恐れることを最も恐れるべきだ。どのように失敗するか分かりきっていて、失敗がある程度確実だったり危険が大きすぎることをあえてしたりするようなことは愚かだが、本来やってみることでしかわからないことに対して色々理由をつけてやらないというのはその分問題の解決は無為に遅れるわけであり怠慢だと思う。俺は自分にとって有益だと思った失敗はむしろ進んでやる。反面それが中々理解されずただの破壊者だと誤解されることが多い。

・粘り強さ
俺は向き合うべきだと思った問題を基本的に諦めない。

五教科で最も苦手な教科は英語だが、昔は国語だった。小学生の時、中学受験の最難関、筑波大附属駒場中学校の国語の模擬試験を受けたことがある。百五十点中四点だった。偏差値17。漢字くらい正解しろよwwwというだめっぷり。小学校の頃国語の試験とは自分の意見を書くものだと思っていた。中学になってからも俺の哲学の重要な命題だった。何年という時間が俺の努力を裏切り続けたが、俺は国語という教科に向き合い続けた。高校三年の二学期の最後から急に成績が上がり始めたのである。国語はいくら勉強しても無駄だという学友の意見をそっぽに浪人時代も勉強を続けた。その結果高レベル模試でも安定して偏差値が六十を超え、理系科目と並ぶ俺の武器になったのである。

俺は浪人時代、五教科七科目バランスよくこなすバランス型だった。しかし必ずしも全教科安定して取れるわけではない不安定なバランス型。五教科七科目中、いつも一二科目しくじるのだ。しかし英語を除く残りの教科のやはりどれか一二科目がいつも必ず飛び抜けて優秀な成績を収め、全体としてかなりいい点を取る、というスタンスだった。一番すごかったのは一学期の第二回全国模試の物理で百点中平均二十七点のテストで俺は九十六点を叩き出し、偏差値八十超を達成した。そんな教科の中に国語も入るようになったのだ。

世の中で言われる「いくらやってもだめだ」というのは精々十ヶ月ぐらいしか頑張った結果しか言っていない。つまり「才能がなくて」一年二年頑張ってだめでも、六年努力し続けた結果は誰にもわからないのである。

人は一生のうちで社会のありとあらゆる問題に向き合う。そしてみんなその問題のいくつかを超えることができない。誰も答えを教えてはくれず、ただ自分の無力さを嘆き、越えられない壁の前に呆然と立ち尽くす。なぜこのようなことが起きるのか。

五章の冒頭で説明したが見てくれがどれほど違おうと、世の中のありとあらゆる分野は人がやることである以上痛底するものがあるのである。五教科七科目もこなせないということは人間として能力のバランスが取れていないのである。いくら頑張っても数学の成績が上がらないからって諦めてしまえば、数学をやることで培われる能力は身につかない。多くの人はできないことを言い訳にして「どうでもいい、社会に出て役に立たない」と言っていろいろなものを諦める。そうして成長期に身につけるべき様々な能力が身につかないと、それらの能力が問われる局面を打開できないのである。目の前のどうでもいいことから逃げれば、いつかであうどうでもよくないことからも逃げなければならない。

自分のキャパを無視して全ての部活に入れと言っているのではない。軽音部に入ってギターに熱中してもいいと思うが、試験期間中ぐらいは苦手教科でも一点でも成績が上がるように、体育の時間ぐらいは苦手なスポーツでも少しは上達するように這いずりまわれと言っているのだ。

保育園の時保父さんが側転のやり方をみんなに教えてくれた。出来る子はすぐにできて違うことを始めた。出来ない子もすぐに諦めてやっぱり違うことを始めた。俺はできなかったが暇過ぎたのでできるようになったあともずっと練習していた。今思えばいや当時も無意識でわかっていたからこそ今覚えているのかもしれない。これは明らかに現代社会の雛形である。人は手頃な努力で到達できるものしか手にしようとしない。

世の中諦めないことでどんな損があるのか。諦めたって人生は暇なだけだ。何もしないのと、たとえ報われなくてもいろんなことを考えていろんな挑戦をするのと、どちらが読者の人生にとっていいことなのだろうかと思う。何年もの時間が無駄になったとしても、努力が苦しみに満ちていても、たとえ国語の成績が全く上がらなかったとしても、俺はそれでも六年間諦めずに努力してよかったと思える。この感覚は理屈を超えている。報われない努力なんて頭でいくら考えたってクソくらえさ。だが何かひとつでもいい。諦めないで何年も努力して見ればわかる。生きていてよかったと思える程の物語に出会える。感動に出会える。

諦めてどんな得があるのか。諦めて得ることが出来るのは束の間の満足だけではないか。諦めることは問題を解決することじゃないし自分の欠点を克服することじゃないから、運良く逃げ切ることができたとしても、いつかまたおなじ苦しみに向き合うことになるのだ。どれほど苦しくて時間がかかっても人生には向き合うことでしか解決できない問題があるのである。

以上を五能という。俺が絶対的自信を誇る特殊能力である。この五能があれば基本的にどんな壁も乗り越えられる。人類皆幸福のために俺に足りないものをあげてみて欲しい。その足りない能力全て、俺はこの先の成長で身につけることができる。

進化論のチャールズ・ダーウィンはいった。地球上で最も繁栄する生物とは最強の生物ではなく、(環境の変化に柔軟に対応するべく)変化し続ける生物であると。要するに俺は五能によって自分を千変万化させられるのである。世界最強の能力はコミュ力でも政治力でも、金でもコネでも知識でもねぇ。成長する能力だ!!

・文学センス
繊細且つ激烈な完成に随伴する能力。まぁ基本的に芸術のあらゆる文化に俺は長けられると思う。文章は毎日読んで書くので特に研ぎ澄まされたのだと思う。俺は個性的だから表現しなければ人と分かり合えない。だから小学生の頃から不断に磨き上げてきたわけである。現存する中一の頃の文章。

中一の頃の古代への情熱の感想文。冒頭二段落 
--------------
 あらゆる学問は共通課題があると考える。それは整理するということ。それはすべての学問の意義が正しいなら正しい、違うなら違うと整理することだということに由来する。わかるように説明すると次のようになる。今ここに百冊の論文と二つの本棚があることにする。今からこれを本棚に入れようと思う。少なくともただがむしゃらに、不規則に並べようと思う人は少ないと思う。なぜなら、ぐちゃぐちゃに入っていたら、出すときに百冊の本をいちいち出して自分が求めている本を選ばなきゃいけないからだ。
 私が言いたいのはこの整理という動作こそ学問そのものなのではないかということである。学問は事柄を真か偽か判断することだと思うのである。
------------------
誰だよ、お前

性の進化論――女性のオルガスムは、なぜ霊長類にだけ発達したか?
テルル:おにゃにょこの進化論こそ生物学者が解き明かすべき最も重要な問題ではないか!?
ウェンディ:なんでですか(?Д?)



・念
水のない非常事態で母親が我が子に血を飲ませるとか、おむつをしてでもトイレに行きたくないくらいパチンコにハマるとか、世の中を苦しみから救いたいから死ぬまで断食して生き仏になるとか、体力がなくても人間は独立した精神だけで強い意思を発揮できる。これを念と言おう。念の効果は意思を持続させるだけではなく、体力、知力、忍耐力、感受性など人間の全ての能力が飛躍的に向上する。火事場の馬鹿力という言葉があるように効果が非常に強い。しかし強い愛が憎しみに変わり、強い情熱が強い脱力感に変わるように、非常に不安定で(何よりパチンコ依存のように自分で制御しづらい)、一年とか二年とかの長期戦では修行を積んだ坊さんでもない限りなかなか保てない。それが念だ。ちなみにCP系は体力がペルソナで気力がカオスである。強い気力を念という。

読者は俺のことを喧嘩が強いと思うだろうか弱いと思うだろうか。小学校高学年から少なくとも本気になったとき俺は一度も喧嘩に負けたことがない。一切の迷いを消し嫌悪、嫉妬、忿怒、全ての負感情を力として、こいつを殺すために俺は今まで生きてきたんだと強く思い拳に力を込めると自然と足が動き左手は相手の首を掴んでいる。ネット上の喧嘩なら相手を傷つけるためのあらゆる方法が頭の中を駆け巡り、罵り方にも自然と熱と皮肉がこもる。ある程度念を操るということが、俺が小学生の時に身につけた能力である。これは喧嘩の時だけでなくスポーツや勉強の時も将棋を指す時も発揮される。すると結果は飛躍的に向上する。俺が浪人した時の一つの大きな武器はこれだった。

だが念は発動するとその大きさの分だけ反動がくる。

・皇帝時間
はい。ネーミングが中二。ひとつのことに集中し極限までセンスが研ぎ澄まされると突如としてその能力が五十パーセントくらい飛躍する。最近だと五月三十一日東大の数学の入試でこれがでた。この年の数学の試験は難しく数学得意勢が全員こけたが、俺は九十点を叩き出し、逆に差をつけた。つまり本試験の時の暴発科目は数学だったのである。次はいつだろう。
------
参考記事
ごめんなさいい
集中と分散 ろ
唯我独尊 い
facebook人気投稿集 は
意思界 ろ
------

HUNTER×HUNTER (1-32巻セット 以降続巻)
もちろんハンターハンターの影響受けてますよ(^_^;)ヨークシンシティ編面白いですね~


七 三つの成功

高校二年の時の壮絶な努力の末俺は独特な思想形成をしたがその代償にすべてを失った。高校三年の俺は兎に角自信がなかった。他人としゃべれないことが兎に角俺のコンプレックスだった。大学に入って起業する。その前に俺はその時の自分から早く抜け出す必要を感じた。そもそも抜け出せるのか。抜け出せる。哲学の理論だって高ニの初め頃にはいつまでに完成するかということは全くわからなかった。でも粘り強く考え続けることによりそれはなされた。コミュニケーションだって同じようにじっくり考えれば上手くなるに違いない。小学校の頃俺は確かに話がうまかった。元に戻る方法は必ずある。そこで高校三年の二学期一生懸命方法を考えた。その時に完成したのがコミュニケーション理論三の三だ。話すことだけに限ると、コミュニケーションには三つの要素がある。とにかく話しを続けること。物事をわかりやすく話すこと。面白く話すこと。この三つの技術について各個磨けばいい。

第一要素については同じクラスの優しい友達ととにかく話せばいい。高校三年のクラスにはおしゃべりな友達がいっぱいいた。一つの質問に三分は話すようなやつらだ。その話を聞いて不思議だなと思ったことについてまた質問すればいい。第二要素については自分が説明しづらいなと思ったことを覚えておいて電車の中で説明を考える練習をした。第三要素についてはこのブログでは詳しく説明したことがないが厳密にはCP理論で考えた。詳説は避ける。

例えばどんな独創的な画家も初めは巨匠の真似から入る。どんな素晴らしい才能を持った柔道家も初めは師匠について学ぶのである。つまり人から見て学ぶ。これが第三要素の習得の要だと思った。そこで思いついたのが放課後残って勉強することだった。

 家で2chにのめりこんでいるより勉強できると思った。実際土日に家で過ごしている時二学期でもずっと2chだった。第二に昼間の四十人のクラスと違い放課後残っている数人となら仲良くなりやすいと思った。次にクラスに残っている人は学年の中でも特に話が上手くて友達がいっぱいいて学校が大好きな奴が多いので、後ろの席で勝手にベラベラ話している話を聞くことで話の上手い人から喋り方を聞いて学んだり学校の裏情報を知ったりすることが出来る。あわよくば女子とも仲良くなれる。俺は個人的に放課後よく残っている奴らのことをアフタヌーンズと呼んだ。

俺の狙いは全部当たった

これにより俺は話す技術のイロハを習得し誰とでも会話を楽しむことが出来るレベルまで成長した。個人的には小学校の頃の自分を取り戻したと思う。小学校の頃と違い話の技術というものの本質を俺は理解した。しかしその代償にこの年の受験、俺は東大に落ちた。

親が東大で小学校の頃から勉強に自信のあった俺は悔しかった。俺は小さい頃からずっと東大に行くものだと思いこんでいた。いとこや中高時代ずっと自分より下だと思っていた奴らが次々に東大に受かっていく。俺は奴らも越えられないで、人類皆幸福を成し遂げようというのか。俺にはまだ勉強というものから学ぶものがある違いない。そう思って浪人を決意したのだった。

俺は模試での成績や勉強法を哲学でつかった論理の力で徹底的に分析することで確実に成績を上げた。「お前には無理だよ」といわれてけちょんけちょんだった段階から、一年で偏差値十上げてセンターの点数百点も上げた。東大の試験は中堅で受かった。俺は自分の哲学が決して間違った方法論でないことがこれ以上ないくらいはっきりと示されたのだった。

哲学の大成コミュ力の回復、そして東大合格。これが俺の人生で最も大きな三つの成功だ。第四の成功はいつかな~

大学に入り、起業同好会で起業するのに必要な最低限の知識を身に付ける。勿論知識など、起業の苦労を考えれば、風の前の塵に等しいが、起業を志した時どういう世界が広がっているのかというのを俺は知ることができた。

やたらといろいろな人に期待されている気がする。使命感だけでなく、期待されていることがテルルの強い駆動力になっている。
------
参考記事
テルルの恋愛史 め 高校三年生の一計
から
テルルの恋愛史 し 二つ目の成功
------

雑談力が上がる話し方―30秒でうちとける会話のルール
俺はこういう本苦手ですが、人気ですよね~


終章

理解してくれる方の質問と相談には誠意を持って答えたいと思います。

ただこのページは普段人を傷つけないために隠しに隠している僕のありのままをわかってほしいために書いています。なので容赦ない反論を覚悟してください。そうでないとこのブログを作った意味がないのです。

深い深い闇、その最奥の小部屋の僕の本質にたどり着けたならあなたは僕の神

ぼくの哲学は数学と同じく積み重ねて行くものなので、過去の記事を読まないと理解できないものが多々あります。CP理論と想系、類論はかなり重要なので右上の検索欄で調べてくれるといいです。そのまま検索しても変なページに飛ぶだけですが「ウェブ全体」ではなく「ブログ内」で検索するとうまくいきます。

俺の哲学は三つに分かれている。世の中の理想についてどこまでも追っていく理想の哲学、世の中の仕組みに関する一般論である構造の哲学、向き合っている現実を解釈していく表象の哲学。俺は高校二年の一年で理想の哲学をほぼ完成させた。俺はその理想の哲学(特に基幹理論)を広く世の中に訴えたいのである。

ところが俺がどんな努力をしようと、この文章を書いているカフェにテロリストが現れたら俺は今この瞬間にも死んでしまう。死んだら今までの苦労全て水の泡である。というわけでとにもかくにも理想の哲学を完全な形で世に遺さなくては! と思って去年の十月俺は本を書いたのである。中野ブロードウェイのタコシェという同人誌をおいてもらえる本屋さんに置いてもらった。AmazonのKindleでも買える。

執筆の目的は俺の考えを世に存在させること。利益は度外視。理想の哲学が端から端まで体系的に理解できる。初見で読むと抵抗あるかもしれないが、この記事読んで関心もてた読者なら大丈夫!
本の表紙

幸福について 理想の理論
ホームページはこちら。去年作ったのだがあまりにもちゃちいのでいつかグレードアップしようと考えている。というかツイッター、国郷家計画、殴り書き哲学含め、テルルの発信媒体のあり方をそろそろ本格的に考えようと思う。
殴り書き哲学
ツイッター @terullium1


長すぎワロタwwwと思ったらクリック!!(´∀`)↓↓
東大生ブログランキングにほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

--単品記事で息をつきたい人用----

大人気長文伝令シリーズ ろ Wへ
大人気長文伝令シリーズ は オールラウンドサークルの幹部へ
大人気長文伝令シリーズ に 起業塾運営者へ

東大生の研究 い 四つの課題
東大生の研究 ろ 三角理論
東大生の三分類 これは泡沫記事ですが面白いと思います。
東大生の研究 は 三座標分析
東大生の研究 に CP理論
東大生の研究 ほ 東大生の研究
東大生の研究 へ 公の答え

一万字プロフィール初版
DQN撃墜の一般的方法
CP理論の部分理論、LL理論の決定版!
全ての罪に
ネット業界のアダルト規制に異議有り!
俺は一方でGoogleを認めてもいる!


--俺がずっとしてるのは延々人に向き合う挑戦・・・! テルルの恋愛史------
   
「こんなかで彼氏にするなら誰がいい」「・・・(指差す)」「やったああああああああ」「まじかああああああああああ」みたいな下心むき出しの会話ばっかだった。こいつらほんとにいい奴らなんだけどなぁ。

   
--人それぞれの幸せではない、みんなの幸せは本当にないのか!? 正義の一意性------
   
二百年の論争に決着をつけましょう( ´ ▽ ` )ノ
   
--哲学をもっとお手軽に楽しみたい人用------
   
懐かしき民主党政権
   
--哲学してないテルル------
   
波乱万丈スペイン激動史!
スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

テルル一押し

ツイッター

お前誰だよ

テルル

Author:テルル
昔の記事は片っ端から消えていきますが、naverの方に移るだけです。2015年上半期の記事はこちら

厨二、傲慢、哲学野郎のテルルです。
僕は自分の考えたこと間違いだって気づくまで正しいと思うし、誰かに聞いて欲しいです。

まがんばれ( ´▽`)と思ったら応援よろしくお願いします(´∀`)↓↓
東大生ブログランキングにほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

高一の冬休み、俺は2chの哲学板にはまった。世の中で恐れられてるねらーの哲学板の奴らを全て敵に回し「Res Killer」というコテハンで俺は各スレで暴れまくった。高三の頃再び出没したら俺のことを覚えてくれた人がいたようだ
参考サイト:第一回北野杯 ~俺を論破したら一億円!~

名前のとおり批判ばかりしていた。なにせ自分の意見をいっても大抵無視されるのでつまらない。批判ばかりだったが「では物事というのはどう考えれば正しいのか」た自然に考えるようになった。考えた問題については俺はすべて自分なりの答えを見つけることができた。それを繰り返しているうちに考えが整理され自分のすべきことが見えてきた。

 仮にこの複雑に見える世の中の問題全てに2chの哲学板で考えたように答えを見出すことができたら、俺はもう人を困らせることも傷つけることもなくなり、心から納得できる人生を歩むことが出来るのではないか。数学しかできないミスばっかりで人とまともに話もできない自分が世の中に価値をあたえることができるとしたらそれしかない。

理解してくれる方の質問と相談には誠意を持って答えたいと思います。

ただこのページは普段人を傷つけないために隠しに隠している僕のありのままをわかってほしいために書いています。なので容赦ない反論を覚悟してください。そうでないとこのブログを作った意味がないのです。
深い深い闇、その最奥の小部屋の僕の本質にたどり着けたならあなたは僕の神
ぼくの哲学は数学と同じく積み重ねて行くものなので、過去の記事を読まないと理解できないものが多々あります。CP理論と想系、類論はかなり重要なので右上の検索欄で調べてくれるといいです。そのまま検索しても変なページに飛ぶだけですが「ウェブ全体」ではなく「ブログ内」で検索するとうまくいきます

俺が一番分かってほしい考えを人にわかるように一生懸命まとめたwebページはこちら
国郷家計画
テルルのプロフィールの詳細はこちら!
俺の哲学は三つに分かれている。世の中の理想についてどこまでも追っていく理想の哲学、世の中の仕組みに関する一般論である構造の哲学、向き合っている現実を解釈していく表象の哲学。俺は高校二年の一年で理想の哲学をほぼ完成させた。俺はその理想の哲学(特に基幹理論)を広く世の中に訴えたいのである。

ところが俺がどんな努力をしようと、この文章を書いているカフェにテロリストが現れたら俺は今この瞬間にも死んでしまう。死んだら今までの苦労全て水の泡である。というわけでとにもかくにも理想の哲学を完全な形で世に遺さなくては! と思って去年の十月俺は本を書いたのである。中野ブロードウェイのタコシェという同人誌をおいてもらえる本屋さんに置いてもらった。AmazonのKindleでも買える。(下の画像をクリック)

執筆の目的は俺の考えを世に存在させること。利益は度外視。理想の哲学が端から端まで体系的に理解できる。初見で読むと抵抗あるかもしれないが、このブログ読んで関心もてた読者なら面白いと思う。
本の表紙

幸福について 理想の理論
ホームページはこちら。去年作ったのだがあまりにもちゃちいのでいつかグレードアップしようと考えている。というかツイッター、国郷家計画、殴り書き哲学含め、テルルの発信媒体のあり方をそろそろ本格的に考えようと思う。
殴り書き哲学
ツイッター @terullium1

人気記事(月一更新)

第一位
正義の一意性 へ
二百年の論争認識論に決着をつけようとした

第二位
詳説 状態方程式とポアソン く 差分
数学オタク記事なんですけどね。意外に殴り書き哲学ユーザーは理系?

第三位
テルルの恋愛史 いよ 三月終盤の再び
あまり派手に宣伝してないんだけど、人気。う~ん、まぁ確かにドキドキするかもね。

第四位
[テルルについて]五階層
俺がどういう女が好きかという話なんだけど、そんなに興味ある?

第五位
詳説状態方程式とポアソン よ ネイピア数 丙
最近正義の一意性をおして状態方程式とポアソンが人気ですね。これ普通にいろんな教科書に書いてあることなんだけど面白いか。
   
第六位
恋愛理論 リ だから俺は
学生団体の人を人とも思わない接客に激怒した。でもあとで知ったのですが、これがスタンダードなんですね、世の中の

第七位
テルルのコミュ力史 は 一年
恋愛史の途中で出来事の背景として説明したコミュ力史三本編の第三篇。俺が哲学を始めた理由。まぁいろんなところにかいてあるんだけどね、これは

第八位
正義の一意性 ら
正義の一意性に例証を与えました。人気ですね、正義の一位性は。

第九位
十月十八日
去年の十月のこの日すごくいろんなことがあって、一日でこんなにいろんなことがあるのかとびっくりしたから書いてみた。

第十位
テルルの恋愛史 いな ワイングラス
失敗の夜に何気ない発見があった。

検索フォーム

将棋宣伝ごった煮

テルルが勉強した本

右サイドメニュー

CM!><


新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論

テルルの保守思想に根本的影響を与えた漫画。俺たちの生命と幸福のために人生を、家族を、青春を擲った神の如き尊い先の大戦を雷鳴のごとく駆け抜けた祖先の物語。
この内容を知らずして左翼を騙るのはやめてほしい

参考記事→哲学バトン

センター試験過去問研究 国語 (2015年版 センター赤本シリーズ)
思想家を目指す受験生諸君にはぜひ国語をよく勉強して欲しい。国語なんて勉強しても成績上がらないという馬鹿を横目に、俺は中高六年間報われない努力を続けた。そしたら高校三年の最後に成績は上がり、他教科と並ぶ俺の得意科目になった。
言論に関する評論能力も文章力も飛躍した。入試問題というのは一流の出題者が組織の威信をかけて、選びに選ぶので、文章自体勉強になることが非常に多い。だから受験生以外の人にもオススメ。成績が上がる上に思想形成の一助になるのである。まさに一石二鳥。
参考記事→遜と敏

俺もやってる
アンケートモニター登録

最新記事

ブログを端から読む

カウンターなんだが。

うおおおおおおおおおおおおお
ありが! とぅ!(ゝ。∂)

ブロとも申請フォーム

各種宣言

テルルはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。