Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

野球系ぽっぽ

現在最大の問題は野球ぽっぽのようだね野球ぽっぽね。無意識に避けてた。はっきり言って嫌いなんだわ。全然人の話聞かねえし、人のこと見下してくるんだもん。だから俺は今までこいつらのことを考えてこなかった。そもそも俺の近くにいないし。しかしこうして大方の問題が片付いた今、お前らのことを考えないわけにはいかなくなったから考えよう。ゼロからのスタートなのでまあ気長にいきましょう。

つまりこうだ。

引きこもりオイル、柔軟オイル、柔軟ぽっぽ、引きこもりぽっぽ。

男は実はこの四つに分かれている。引きこもりオイルのことを一時期は引きこもりと呼んでいた。そして元はひとつのように思えたぽっぽは実は二種類の別グループが一つのようにみえていただけだった。新しい分類だからこれを新四類~新一類とでも呼ぼうか。

つまりこうだ。

最初は柔軟性オイルとサッカーぽっぽがくっついた。その反動で嫌になって逃げ出そうとする引きこもりオイルを引き止めた。そして今、離れたままになっている野球ぽっぽが問題になっていると。

野球ね、野球。俺サッカー派だけど。だってサッカーだったらどんなへなちょこポジションでも本人の技量次第でいくらでも活躍できんじゃん。でも野球はさ、全九人中たった一人のエリート投手が注目浴びるじゃん。それがやなんだよ。ひたすら投げて打って取る繰り返しの何が楽しいの?

フロイト心理学で(性的に)考えると・・・。棒状のバットで打ち出した白い塊を柔くて温もりのあるグローブで受け止める。うん( ¯•ω•¯ )

一つ誰でも思いそうなこと。野球のバットは日本男児のチャンバラ魂? 「なにそれ」とかなんとか言われてしまうのかな。俺野球の細かいルールすら把握してないからね。下手したら一生やることのないスポーツ(;・∀・)。

歌舞伎に重ねるとどうよ。歌舞伎はヒーローが大見得を切るんだよな。観客が拍手したり積極的に声をかけたりする観客参加型の伝統芸能。

つまり野球というのはピッチャーとバッターだけが選手で、外野と順番待ち打者は一騎打ちを引き立てる観客でしかないのだ。

wikipedia野球の歴史。悪いけどはっきり言って興味ない(´д`)

古代[編集]
先行人類の時代にはすでに、野球のボールと同じくらいの大きさの石が使用されていたことが確認されている。アフリカの地中海沿岸地域から、その石が多数出土した。これは、何らかの武器であったと考えられている。足の速い動物を仕留めるために、命中率と威力を兼ね備えた武器を求めた結果、「野球ボールと同じくらいの大きさの」石が最も適した武器であるという結論を得たと思われる。
農耕が発展すると、球体は「世界と宇宙」、つまりは権威の象徴として祭儀に利用されるようになった。古代エジプトやその他の地方では、王が球を棒で打ち、その飛び方で農作物の豊凶を占っていたことが判明している。

そこまで遡る(;・∀・)しかし、そこまで遡らずにはいられない何かがあると考えると・・・

中世[編集]
12世紀頃のフランスで、「ラ・シュール」というスポーツが誕生した。2チームに分かれ、足や手、棒などを使い敵陣にある2本の杭の間にボールを通すゲームで、今日のあらゆる球技の原型とされるスポーツである。死傷者が出るほど危険であるにもかかわらず人気が非常に高かった。

>あらゆる球技の原型とされるスポーツ
ほーそんなんあるんやな~

これがイギリスに渡り、「ストリート・フットボール」となる。ボールに牛や豚の直腸や膀胱を使い、そのボールを敵陣内にあるゴールまで運ぶゲームである。しかし大英帝国の発展とともに、兵士が戦争や植民地支配へ駆り出されるようになる。すると、牛や豚を殺さないとボールが作れないストリート・フットボールの代わりに、石に草の茎や糸を巻き付けるだけで簡単にボールが作れるスポーツが流行るようになっていった。

1840年代にニューヨーク・マンハッタンでボランティア消防団を創設したアレクサンダー・カートライトという男がいた。彼は団員の結束を強めさらに彼らの運動不足を解消するにはどうすればいいか考え、「屋外でのスポーツ」という結論に至った。1842年、彼は消防団からメンバーを募り「ニューヨーク・ニッカーボッカーズ(英語版)」というスポーツ団を発足させた。ニッカーボッカーズは近隣のマレー・ヒルという地域でタウンボールをするようになった。
タウンボールはルールが厳格に定められたスポーツではないため、時や場合によってルールをいちいち変える必要があった。カートライトはこの煩わしさを解消するため統一ルールの策定に乗り出した。彼はニッカーボッカーズメンバーと議論し、意見をまとめた。1845年のある晴れた日、マレー・ヒルでボール・ゲームをしていた団員の元にカートライトがやって来て、自身がまとめた新しいゲームの案を披露した。主なルールは以下の通り。
チームの人数を攻撃側と守備側それぞれ9人ずつにし、一方のチームが攻撃中には相手は全員がフィールドに散らばり守備につく。
フィールドを菱形に設定し、ホームベースに鉄のプレート、その他3つのベースに砂を入れたカンバス地の袋を置く。塁間は42ペイス。
(1)打者が3球を空振りし、その最後の球を捕手が捕球したとき(2)打球がノーバウンドまたはワンバウンドで捕球されたとき(3)打球が相手側に捕球され、走者よりも先に塁に送られるか、走者が塁に着くより先にボールでタッチされたとき(4)捕球しようとする相手の邪魔したとき…以上の場合に攻撃側はアウトとなる。3アウトで攻守が交代。
一塁または三塁の外側に出た打球はファウルとなり、打者が塁に進むことやそれによって得点が入ることはできない。
21点を先取したチームが勝ち。
団員は最初これを聞いていたときには嘲笑したが、カートライトの熱心さに押されて、このゲームをやってみることにした。すると結構おもしろいことがわかり、団員らはすぐにクラブを設立することにしたという。これが今のベースボールの原型と言われている。

ベースボールは誕生した後もルールの変更を繰り返している。ルールの度重なる変更の狙いは「試合時間の短縮化」と「試合のスリリング化」の2つが挙げられる。
試合進行について[編集]
ベースボールが誕生した当初は21点先取制だったが、あまりにも時間がかかりすぎるために、1857年に「9回終了時に得点が多かったチームの勝ち」になった。
投球について[編集]
最初は投手には下手投げのみが許可され、手首のスナップを使うことが認められておらず、打者は投手にコースの指定ができた。
1858年:見逃しに「ストライク」(打て)のコールがされるようになる。
1863年:真ん中付近を通らない球に「ボール」のコールがされるようになる。
1872年:スナップスローが解禁される。
1879年:全ての打たれなかった投球はストライクかボールに区分され,9ボールで一塁へ。
1880年:8ボールで一塁へ。捕手が3ストライク目の球を直接捕球すれば打者は三振でアウトが取られるようになった。
1881年:投手と打者の距離が45フィートから50フィートへ延長された。
1882年:7ボールで一塁へ。横手投げが解禁される。
1884年:6ボールで一塁へ。上手投げが解禁される。
1886年:7ボールで一塁へ。
1887年:打者が投手に投球コースを指定できなくなった。5ボールで一塁へ。この年のみ5ボールは安打と記録され、4ストライクでアウトに。死球で一塁が与えられた。
1889年:4ボールで一塁へ。
1893年:投手と本塁の距離が50フィートから60フィート6インチに。

守備について[編集]
ノーバウンド捕球だけでなく、ワンバウンド捕球でも打者はアウトだった。
1864年にワンバウンド捕球=アウトが廃止され、ノーバウンドのときのみアウトとされた。

世界では主に北米のアメリカ合衆国、カナダ、例外的ではあるが欧州ではカリブ海に自治領を持つオランダ、中南米のキューバ・ドミニカ共和国・ベネズエラ・メキシコ・プエルトリコ・ニカラグア・パナマ・オランダ領アンティル、コロンビア、東アジアの日本、韓国、台湾などで盛んである。とりわけパナマ、キューバ、ドミニカ共和国、ベネズエラ、ニカラグア、台湾では野球は事実上の国技として親しまれている。日本では国技ではないものの非常に人気の高いスポーツであり[3]、野球用語である「ヒット」「アウト」「トップバッター」「セーフ」「続投」「ピンチヒッター」等の言葉は野球以外でも様々な局面に転じて使われている。
オランダを除くヨーロッパではあまり普及していないとされるが、スペインやドイツ、イギリス等、多くの国に国内リーグが存在し、リーグ戦が行われている。オリックス・バファローズのマエストリを輩出したことで知られるイタリアでは、野球の人気は比較的高い。アフリカ、南米(ベネズエラ、コロンビアを除く)では南アフリカ共和国や日系人コミュニティなどの例外を除いてほとんど普及していない。オセアニア・太平洋地域ではオーストラリアや旧日本領のパラオ、米領のグァムなどで行われている。
野球用の帽子であるベースボールキャップ(野球帽)はヒップホップ系ファッションなどのファッションの分野において着用されるほか、しばしば軍事や警察、消防などといった行政機関の作業帽・活動服の一部として取り入れられることもある。
日本をはじめ、東アジア圏のプロリーグにおいては、試合中に応援団の先導による鳴り物応援が行われるケースが多い。

やっぱさ、なんかこう野球って欧米圏と非欧米圏の架橋という感じがするぞ。欧米圏と非欧米圏の両方を意識してその中間に立とうとするとき、野球は魅力的に映るような気がする。

それともあれかな。第二次世界大戦で互の力を認め合った日米の友情の結晶なのだろうか。野球というのは。

それは昔一部の人達だけの革新的なスポーツだった。有力選手が戦争でばったばった死んでいく中何故か終戦三か月前くらいまでつづけられ、敗戦をきっかけに大ブレイク。(野球ファンには怒られるかもだが俺の目には)今やそのスポーツは過去になりつつある。俺の目にそう見えているだけかもしれないけど。
   
考えてみるとあれなんだよ。この新分類は新一類から新四類まで、多分古い順に並んでんだよね。新一類は古き良き昭和男子。新四類は新しすぎてだれもついていけない。
   
そろそろね、新しい風が吹かないと日本野球界の将来が俺は不安だぞ(;・∀・)
   
野球ぽっぽへのアドバイスはこうだぜ。野球ぽっぽのいいところはみんなで集まって和気藹々とやろうとするところだな。お前らの仲良し感ね、癖がなくて俺は好きよ。お前らは日本人が一つだった昭和の日本が懐かしくて仕方ない。だからヒステリーのように他人を否定して引きこもる。新文化であるツイッターやフェイスブックはやらない。違うかもだが少なくとも俺にはそう映る。しかし時代は変わったんだ。わかるよな。お前らの好きなことはそりゃあ尊重するし分かる部分もある。でもさ、だれが何を考えてもいい。だれが、何をやってもいい。少なくともそう言う風に言われる時代、みんながみんな、お前らと同じ物の考え方をするわけじゃない。人様に誠意を示せなければ嫌われる。違う者同士仲良くなるにはお互い歩み寄らなければいけない。結局この問に行き着くわけさ。

お前、どうしたいの?
スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

ツイッター

お前誰だよ

テルル

Author:テルル
昔の記事は片っ端から消えていきますが、naverの方に移るだけです。2015年上半期の記事はこちら

厨二、傲慢、哲学野郎のテルルです。
僕は自分の考えたこと間違いだって気づくまで正しいと思うし、誰かに聞いて欲しいです。

まがんばれ( ´▽`)と思ったら応援よろしくお願いします(´∀`)↓↓
東大生ブログランキングにほんブログ村 哲学・思想ブログへ
にほんブログ村

高一の冬休み、俺は2chの哲学板にはまった。世の中で恐れられてるねらーの哲学板の奴らを全て敵に回し「Res Killer」というコテハンで俺は各スレで暴れまくった。高三の頃再び出没したら俺のことを覚えてくれた人がいたようだ
参考サイト:第一回北野杯 ~俺を論破したら一億円!~

名前のとおり批判ばかりしていた。なにせ自分の意見をいっても大抵無視されるのでつまらない。批判ばかりだったが「では物事というのはどう考えれば正しいのか」た自然に考えるようになった。考えた問題については俺はすべて自分なりの答えを見つけることができた。それを繰り返しているうちに考えが整理され自分のすべきことが見えてきた。

 仮にこの複雑に見える世の中の問題全てに2chの哲学板で考えたように答えを見出すことができたら、俺はもう人を困らせることも傷つけることもなくなり、心から納得できる人生を歩むことが出来るのではないか。数学しかできないミスばっかりで人とまともに話もできない自分が世の中に価値をあたえることができるとしたらそれしかない。

理解してくれる方の質問と相談には誠意を持って答えたいと思います。

ただこのページは普段人を傷つけないために隠しに隠している僕のありのままをわかってほしいために書いています。なので容赦ない反論を覚悟してください。そうでないとこのブログを作った意味がないのです。
深い深い闇、その最奥の小部屋の僕の本質にたどり着けたならあなたは僕の神
ぼくの哲学は数学と同じく積み重ねて行くものなので、過去の記事を読まないと理解できないものが多々あります。CP理論と想系、類論はかなり重要なので右上の検索欄で調べてくれるといいです。そのまま検索しても変なページに飛ぶだけですが「ウェブ全体」ではなく「ブログ内」で検索するとうまくいきます

俺が一番分かってほしい考えを人にわかるように一生懸命まとめたwebページはこちら
国郷家計画
テルルのプロフィールの詳細はこちら!
俺の哲学は三つに分かれている。世の中の理想についてどこまでも追っていく理想の哲学、世の中の仕組みに関する一般論である構造の哲学、向き合っている現実を解釈していく表象の哲学。俺は高校二年の一年で理想の哲学をほぼ完成させた。俺はその理想の哲学(特に基幹理論)を広く世の中に訴えたいのである。

ところが俺がどんな努力をしようと、この文章を書いているカフェにテロリストが現れたら俺は今この瞬間にも死んでしまう。死んだら今までの苦労全て水の泡である。というわけでとにもかくにも理想の哲学を完全な形で世に遺さなくては! と思って去年の十月俺は本を書いたのである。中野ブロードウェイのタコシェという同人誌をおいてもらえる本屋さんに置いてもらった。AmazonのKindleでも買える。(下の画像をクリック)

執筆の目的は俺の考えを世に存在させること。利益は度外視。理想の哲学が端から端まで体系的に理解できる。初見で読むと抵抗あるかもしれないが、このブログ読んで関心もてた読者なら面白いと思う。
本の表紙

幸福について 理想の理論
ホームページはこちら。去年作ったのだがあまりにもちゃちいのでいつかグレードアップしようと考えている。というかツイッター、国郷家計画、殴り書き哲学含め、テルルの発信媒体のあり方をそろそろ本格的に考えようと思う。
殴り書き哲学
ツイッター @terullium1

人気記事(月一更新)

第一位
正義の一意性 へ
二百年の論争認識論に決着をつけようとした

第二位
詳説 状態方程式とポアソン く 差分
数学オタク記事なんですけどね。意外に殴り書き哲学ユーザーは理系?

第三位
テルルの恋愛史 いよ 三月終盤の再び
あまり派手に宣伝してないんだけど、人気。う~ん、まぁ確かにドキドキするかもね。

第四位
[テルルについて]五階層
俺がどういう女が好きかという話なんだけど、そんなに興味ある?

第五位
詳説状態方程式とポアソン よ ネイピア数 丙
最近正義の一意性をおして状態方程式とポアソンが人気ですね。これ普通にいろんな教科書に書いてあることなんだけど面白いか。
   
第六位
恋愛理論 リ だから俺は
学生団体の人を人とも思わない接客に激怒した。でもあとで知ったのですが、これがスタンダードなんですね、世の中の

第七位
テルルのコミュ力史 は 一年
恋愛史の途中で出来事の背景として説明したコミュ力史三本編の第三篇。俺が哲学を始めた理由。まぁいろんなところにかいてあるんだけどね、これは

第八位
正義の一意性 ら
正義の一意性に例証を与えました。人気ですね、正義の一位性は。

第九位
十月十八日
去年の十月のこの日すごくいろんなことがあって、一日でこんなにいろんなことがあるのかとびっくりしたから書いてみた。

第十位
テルルの恋愛史 いな ワイングラス
失敗の夜に何気ない発見があった。

検索フォーム

将棋宣伝ごった煮

テルルが勉強した本

右サイドメニュー

CM!><


新・ゴーマニズム宣言SPECIAL 戦争論

テルルの保守思想に根本的影響を与えた漫画。俺たちの生命と幸福のために人生を、家族を、青春を擲った神の如き尊い先の大戦を雷鳴のごとく駆け抜けた祖先の物語。
この内容を知らずして左翼を騙るのはやめてほしい

参考記事→哲学バトン

センター試験過去問研究 国語 (2015年版 センター赤本シリーズ)
思想家を目指す受験生諸君にはぜひ国語をよく勉強して欲しい。国語なんて勉強しても成績上がらないという馬鹿を横目に、俺は中高六年間報われない努力を続けた。そしたら高校三年の最後に成績は上がり、他教科と並ぶ俺の得意科目になった。
言論に関する評論能力も文章力も飛躍した。入試問題というのは一流の出題者が組織の威信をかけて、選びに選ぶので、文章自体勉強になることが非常に多い。だから受験生以外の人にもオススメ。成績が上がる上に思想形成の一助になるのである。まさに一石二鳥。
参考記事→遜と敏

俺もやってる
アンケートモニター登録

最新記事

ブログを端から読む

カウンターなんだが。

うおおおおおおおおおおおおお
ありが! とぅ!(ゝ。∂)

ブロとも申請フォーム

各種宣言

テルルはAmazonアソシエイト・プログラムの参加者です。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。