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教育問題検討

・単位問題が非常に深刻なことを受けて、誰がどうしたら俺らがこんな目にあわずにすんだかということを考えてみると我々はやっぱり義務教育のそれぞれの段階でその時々の課題があったんや。前期教養生に勉強叩き込んでもサークルをやる時間が減って中身空っぽガリ勉が増えるだけ。これはもうちょっとね小学校から大学までの教育の流れ全体を見通して上手くやる必要があると思うんだよね。

・教育とはなにか? 教育は人間を設計すること。まっさらな人間、つまり生まれたばかりの赤ちゃんを成長させて、現場の大人たちの仕事を支え、産業や社会全体をより良くしていけるような人間にすること。これが教育の初めから終わりまでの役割。小学校から高校までの教育機関はみんな自分のやりたいようにやることしか考えてないんだよね。だから大学が苦労して最後の帳尻合わせをするはめになる。そんなことうまくいくはずがない。だから俺たち子供は大人の言うことを一生懸命聞いて成長するのに、社会に出た時に、現場の経営者を困らせることになる。教育者に必要なのは日本の様々な現場を知ること。日本の現場にどんな人材が必要なのか。未来の人材がどうしたら世の中の役に立てるのかを考えることではないだろうか。

・偉そうだとは思うけど、ルソーの教育論しかり、明治維新の教育改革しかり、教育論が熱かった時代の次の時代は栄えるのが古今東西の法則。逆に、現代ってあまり熱い教育論ってないよね。現代教育は思想なき教育である。これは次の時代に対する危機感である。思想家たるものやはり教育についてかんがえなくてはならない。

・教育は間違いなく次の時代を作っていく。戦中の全体主義的教育は戦後の日本が一丸になって貧困に立ち向かう原動力であった。引き続き戦後の学力至上主義、極度の詰め込み教育は日本の学生の学力を世界最高水準まで引き上げ、高度経済成長を可能にしたが「みんなが同じものを信じ、同じことをやる」というのはそのことの悪い部分も極限まで増長されてしまい、悲惨な公害病や労働環境、不良商品の横行、あるいはそういうものを是正しようとする左翼勢力も時代の教育の弊害で柔軟な発想力が奪われているから極端で頑なになる。その結果左翼によるテロが頻発した。現代の頑固な思考停止左翼は高度経済成長時代の教育の負の遺産である。経済がうまくいっているときは負の面が忘れられがちになる。我々は前に進むことしか考えていなかったあの時代のツケを払っている。これらは全て現在に尾を引く経済成長の代償である。

そんな彼らが教育者になって思うことは決まっている。学力至上主義の緩和に伴なって日本人の価値観は多様化しサブカルチャーが豊かになった。ゆとり教育の現代においてサブカルチャーはまさに百花繚乱。最早その勢いを止めることなど誰にもできない。ゆとり教育の成果は確かにあった。

・教育と社会は密接にして不可分。今見てきたように社会の様相は教育の影響なくして考えることができない。しかし教育もまた、現行の社会から様々な影響を受けることも事実で、商業高校、工業高校、更に様々な専門学校が増えたのはまさしく社会の要請によるもの。

社会は外国や自然環境との関わりの中で大人の自由意思によって形作られていく。それを人為によって制御などできない。市場経済一つをとっても日本が北朝鮮みたいにならずに済むのは人為ではなくひとえにアダム・スミスの唱えた神の見えざる手に任せるが故である。でも教育は全てが大人の管理下にあるから、人為が非常に大きな影響を及ぼせる。現在の社会を変えることは難しいが「未来の社会」である「現在の教育」を変えることは比較的簡単と言えるのではないか。

・今の教育のシステムは義務教育までのほぼ全ての日本国民、あるいは大学まで進む非常におおくの日本国民に対し、文部省の方針を吹き込み、教育命令という形で彼ら全員に自分の言うことをきかせるわけだ。言ってみれば文部省は独裁者である。教育は国家の根幹を成すものでありながらこれはあまりに権力集中がすぎるのではないか。その弊害は甚だ大きい。当然私立の果たす役割は当然大きいわけで、例えば東大輩出校のほとんどは私立だよね。昔とか。開成、灘、麻布、武蔵辺り。最近公立が盛り返してきてるのとかはゆとり教育の成果だとおもうんだが。ゆとり教育で公立高校の生徒も少しは自分の頭で考えるようになった。

だから提案として、もうちょっと地方教育委員会の権限を増やすこと。例えば「平均学力がこれ以上なら、次の年好きな教育していいよ」みたいな。地域ごとに違う人材を出すようにする。それは地方創世にもつながると思う。現在の教育は東京の価値観で東京都合で作っている。当然都民がいい大学に入りやすくなり、社会にでてもいい役職に就く。例えば国語教育にしても全部東大の試験を倣って作ることの弊害は明らかだろう。東京と大阪で価値観が違うなんて火を見るより明らか。それを全部東京目線で試験作ってりゃ大阪が没落するのは当たり前。維新の会支持者が宣伝するような大阪市政、県政の問題は根っこにアイデンティティを否定された大阪県民のコンプレックスみたいのがあるとおもうんだよね。それは別に大阪が東京より劣ってるからじゃなくて、日本中が東京の価値観で動いてることが問題なんだと思うけどね。それは別に大阪だけじゃなくて京都、沖縄含め日本の全地方に言えること。もっと中学高校で土地の歴史や文化の授業や試験をやる。それで自分たちのアイデンティティの原点が分かればそれぞれの地方で新しい物を生み出す原動力になるとおもうんだよね。

地域ごとに違う人材がいれば、東京の人材がおかしいところも神奈川県民と協力して仕事をすればそれを補うことができる。




・こと勉強に関して言えばもうちょっとやりようがあると思うの。勉強のスキルレベルってのは段階があるのよ。自分で勉強してきて、あるいは塾で教えてみておもったことなんだけどね。(てか塾や予備校があること自体、教育の失敗じゃないか? 塾や予備校がやることをなんで学校でやらないんだ?)

初級→中級

・自信をつけさせる
1.何かと理由をつけて褒めまくる。お世辞でも嬉しいのが人情。
2.毎回テストする。下の二点をクリアすれば曲がりなりにも点数上がってく。

・頑張り方を教える。
頑張って勉強しようぜって言っても普通の奴はそもそも頑張り方がわからない。これは致命的だろ。大人は勉強しろって言っても勉強の仕方を教えてくれないんだよ。自転車買ってくれても乗り方を教えてくれないみたいな。勉強得意な人でも例えば国語とかどう勉強したらいいか普通わからない。

・勉強の習慣をつける
1.まず一週間何してるのかシートを渡して聞く。「この時間はもうちょっと勉強できるんじゃない?」とかいってやらせる。
2.それでもだめなら、どういう状況で勉強ができないのか聞く。
俺は「机に座って勉強しようとしても集中できない。」って言われた時、「ゲームしてても雑誌読んでてもいいからとにかく一時間机に問題集とノートを広げて我慢して座る。」って言ったらうまくいった。

本当に勉強が苦手な奴は自信がないのが問題だから三番目のポチよりは一番目のポチが重要。俺の塾講やってた時のノウハウだが。これを全教科でできるだけで京大ぐらいはいけると思うぜ。

中級→上級

これは一年浪人して東大はいるためにこれは必要だわって思ったこと。

・集中力
特定の期間、全ての趣味を捨てて一心に勉強する集中力。東大生がどのようにしてこれを可能にするのか。俺の分析。
東大生の三分類。テルルさえもこの三つのどれかにあてはまる。

バランス型→生まれながらの秀才。小さい頃から呼吸をするようにそういうことができる
純粋型→すごい人をみつけたら、一心に信じてついていける純粋努力派
非典型型→元々自分の頭で考えるのが得意な個性派。一つのことに長時間集中すればバランス型さえ圧倒するエネルギー

これはある意味他人の干渉を振り切り決然と立ち向かう強い自我というか、一種の冷たさというか、無我夢中というか、それに飛び込む勇気というかそういうのが必要だな。一回目は難しいけど一回できたら繰り返すのは簡単

・クールなところが必要

言われたことを繰り返すだけじゃなくて「あそこはもうちょっと工夫して勉強できないかな」とかいうことを考えて効率化することができないといけない。ある意味先生の意向を裏切る自信というか、能力というか、そういうのが必要だと思った。

上級→マスター

これはまさに今感じてることなんだが、もう一度自分の生き方、考え方、生活態度を見直して、徹底的に生活を効率化すること。この更に上があることなんて今は想像もつかないがね・・・

勉強って結構こういうテクニックがあるんだよね。そしてこういうテクニックを一部の人だけが握っている。俺らはみんなこういうのを誰からも教わらずに、様々な失敗を繰り返しながら自分で発見して身につけてきたわけなんだが。自分が屑だと思っている多くの人にそれを確実にやれっていうのは難しいかなとおもうよね。逆に教育学部なんがこういうテクニックをもっと研究して定式化して、塾や予備校の先生がやっているように全国の学生に手とり足とり教えることができれば、学力至上主義に陥らないで(これらのテクニックは効率化することで勉強時間を増やさずに学力を伸ばす方法だから)日本の学力を底上げできるのではないか。

自分が発見したコツを全部みんなが知っちゃうと自分で色々工夫する気が起きなくなる。でも教育は点数をつけて競争させるこだけじゃなくて、みんなが同じことをできるようになるのも大切なことだとおもうんだよね。いずれにしろ効率的な勉強をするには先生のことを信じるだけでもだめだし、自分の考えだけでやるのもだめ。二つのバランスを取れなきゃいけない。
・五教科評論。これはみんな曲がりなりにも義務教育受けてきてなんかしら感じてるんじゃないの。

[演算分野]
-数学、物理
数学物理もね、四段階に分けたいと思うわ。

初級→中級 問題集の解答を一人で理解できるようになる

まず問題集の解答をひとりで理解できるとこまでレベルをあげなきゃいけない。数学がほんとに苦手な人って問題集の解答が、何言ってるかわかんないんだよね。だから問題集解いても根っこがわからないから、形だけ机に向かってもちっともできるようにならない。これはね、先生にしっかり教わらないとだめだね。先生もここは粘り強く一生懸命教えないとだめだわ。わかってる人が「こんなの当たり前だろ」ってことが多くの人わからないんだよね。数学は根本的なところは非常に感覚的。本当に客観的な証明など存在しない。数学の証明が客観的だっていうのは、数学ができる人がそう言ってるだけ。それは客観的という言葉の定義に反してるだろ。そういうのって人生で色々修羅場をくぐるとわかってくるんだよね。例えば割合とか歩合とか平均という考え方? 大人には「なんだそれ」ってぐらい当たり前の考え方でも小学生にはチンプンカンプンだったりする。でもこの割合の考え方がわからないと変数の概念が理解できないから、方程式や関数とか、中学以降の数学がさっぱりわからない。

例えば3平米に7人の人がいる。一平米辺り何人か? 答え2と1/3人 1/3人ってなんだよ!? 一日目に5本、二日目三日目に1本ずつ牛乳飲みました。一日辺り平均で何本飲んだか。 答え7/3本 でも実際には五本、一本、一本で飲んだよね。7/3本という数字にはなんの意味があるの? こういうことをね、小学生に分かるように説明できるもんならしてみてほしい。小学校の算数のカリキュラムは小学校一年生からこの割合の単元を越えるために作られてる。実際はどうしてるかというと、型から入るんだよね。まず簡単な問題を解く為の、型を教えるんだよね。こういうふうにすれば実際何してるのかわかんなくても正しい答えになるよ、みたいな。でも型だけわかっても中身がわからないとひねった問題出されると解けない。そこで、簡単な問題をたくさん解かせる。問題をたくさん解いているうちになんとなく割合の考え方が分かるようになる。

割合だけじゃなくて、一部の人だけがわかっているこういう感覚的な所が数学にはいくつかあるんだよね。それがわからないと問題集の解答が何言ってるのかわからない、と。だからここをね、先生と生徒が匙を投げないでなんとか越えられるようにしないとだめだとおもうんだよね。

中級→上級 ひねった問題が解けるようになる

問題集の解説が読めるようになったらあとはひたすら問題集を解く。例えば簡単順にLevel A, Level B, Level Cってならんでたら簡単な問題を確実に解けるようにする。流石に飽きてきたら解答を見ながら段々難しい問題を解く。だから俺ね、先生は問題を膨大量用意しておくっていうのも大切だと思うんだよね。練習しようにも問題がないんだよ。

問題集の解答はあなたより数学ができる人が書いてるから読めば読むほどその人から吸収できる。つまり偉い先生の問題集ほど効果が上がる。俺の行ってた駿台だと雲氏やコバタカ氏がやばいと思ったぜ。二人の問題集できるようになれば東大数学までばっちりだと思う程だよ。

高校物理もここまでで十分すぎるほど十分。

上級→マスター 超難問が解けるようになる

数学にはいろんな問題集や塾で教えられるような定跡ではさっぱり太刀打ちできない死の問題というのがあります。所謂超難問というやつだな。数学オリンピックとか理三とかそのレベルよ。完全にセンスの世界。俺の発想力は将棋と数学で養われた。苦しんでいるうちにモヤモヤしたものが答えを見つけるんだよね。普通に大学入るだけなら全く必要ない。

まさにこういう世界
やる夫で学ぶフェルマーの最終定理
やる夫で学ぶ量子論

量子論は科学少年じゃないと難しいかな?

この感動の物語を知るには長いコンテンツ読んだほうがいいお。

別に俺だけでなくこの世界に憧れるやつは多い。

・七つ道具一式与えられて「これをやれ」って言われたことをあれこれ色々考えながら自分で筋道を立てて進んでいく。それが数学のいいところではないか。

・教育業界でよく言われる格言が「小学生は暗算ができない。」一方世界でよく言われる格言が「日本人は暗算ができる。」
特にお金に関する日本人の計算能力は世界に誇るべきもの。18000円+7000円とか。これは日本の数学教育の一つの勝利と呼んでいいのではないか

・物理は習った現象を日常で発見できると嬉しいよな。

[言語分野]
-英語
国語も英語も学力向上の最大の原動力って「哲学者の考えを知りたい」「あの国の文章を読みたい」「古い時代のことを知りたい」「世界中の人に言いたいことがある」みたいなコミュニケーションする情熱だとおもうんだよね。記者になって仕事を英語で使うようになったらできるようになったとか、日本に興味がある中国人が北京の日本人と話したら半年で日本に来れるようになったとか。外国に興味ない奴が英語をマスターしようという方が無理があると思うの。取り敢えず淡々と英単語覚えて、英文法の問題集やってけば外国に放り込まれても生きていけるくらいにはなるぜ。外国に興味なくても。

ちなみに書くだけなら一日で英語書けるようになります。前にどっかでかいた記事
-----------
書くためだけのゼロから最速英語習得法
   
まず文法。
   
これだけは一から勉強しないとどうしようもありません。まる一日くらい使いましょう。
   
http://www4.ocn.ne.jp/~cozy-opi/englishgrammar.html
   
細かい用語や単語は覚えなくていいので、何回か読んでなんとなく話の概要が分かればおk。大筋さえ分かっとけば細かいことは忘れたらこのウェブページにもどってくればいいのです。
   
次単語。
はい。これは全く覚える必要ありません。ここで検索しましょう。その単語をどうやって使うのかわからない場合は例文検索が役に立ちます。
http://ejje.weblio.jp/
   
はい終了。あとはひたすら英訳しましょう。英語読む人は一生懸命分かろうとしてくれるので下手くそで十分です。英訳すればするほど単語検索している内に上手くなっていきます。
-------------------
やっぱ英語勉強すんだったら最低限文法は必要だよね。オヤジがtheもisも知らない小一の俺に辞書だけポンとわたしてポケモン英語でやってみろとか言ってきたけど普通に無理だった

-評論
ツイッターではボロクソ叩きまくったけど社会に最大の貢献をしてるのが実は国語だと思うよ。我々当たり前すぎて普段空気のように思っていることだが、何千何万という漢字を自由自在に操る日本人の文章力。これぞまさしく国語の功績。それとかこういう文章
図21
図22
図23
これをぱっと読んで直ぐに解答作業に移れるのも進学校の国語教育の成果だろ。勉強苦手な奴はまずこの文章が何言ってるかわかんないから。ツイッターではボロクソ叩きまくったが実際代案を考えてみると難しいわ。国語の試験って。

要するにこういう文章延々と読んで即座に感想文二千字書ければいいんだよね?
-------------------
「最も恐るべき歓喜は、ある神が死ぬことでなければならない。人間だけが死に直面して立つという際立った特徴を「持っている」が、それは、人間が〈有〉の中に内的に緊迫して立っているからである。つまり、死は〈有〉の最高の証書〔である〕。」

「別の元初では、性起の転回の裂き開く働きを持った〈真中〉、そういう〈真中〉へと跳躍し、そのようにして〈現〉をその基づけに関して知りつつ ― 問いつつ ― 型を整えて準備することが肝心である。
われわれは、有るものを、他の有るものからの説明や導出によっては決して把握することができない。有るものは、ただ〈有〉の真理の内における基づけからのみ知ることができる。
しかし、人間がこの真理の内へと突き進むことはいかに稀であることか。人間はいかに容易に、また迅速に、有るものと折り合い、そのようにして有の自性を剥奪されたままであることか。〈有〉の真理は無くてもすむという見かけは、いかに強要的であることか。」 

「拒絶は贈与の最高の貴位であり、自らを覆蔵することの根本動向である。自らを覆蔵することの開放性は、〈有〉の真理の根源的な本質を形成する。このようにしてのみ、〈有〉は訝しくさせることそれ自体となり、最後の神の傍過の静けさとなる。

カントによれば、人間の認識能力には感性と悟性の二種の認識形式がアプリオリにそなわっている。感性には純粋直観である空間と時間が、悟性には因果性などの 12 種の純粋悟性概念(カテゴリー、すなわち範疇とも称する)が含まれる。純粋悟性概念は時間限定たる図式(schema)によってのみ感性と関係する。
意識はその二種の形式(感性と悟性)にしたがってのみ物事を認識する。この認識が物の経験である。他方、この形式に適合しない理性理念は原理的に人間には認識できないが、少なくとも課題として必要とされる概念とされる。理性推理による理念はいわば絶対者にまで拡張された純粋悟性概念である。神あるいは超越者がその代表例であり、これをカントは物自体(Ding an sich)と呼ぶ。
いわゆる二律背反においては定立の側では完全な系列には無制約者が含まれると主張される。これに対し、反定立の側では制約が時間において与えられた系列には被制約者のみが含まれると主張される。このような対立の解決は統制的ではあっても構成的ではない理念に客観的実在性を付与する先験的すりかえを避けることを必要とする。理念は与えられた現象の制約系列において無制約者に到達することを求めるが、しかし、到達して停滞することは許さない規則である(『純粋理性批判』)。
なお、『プロレゴメナ』によれば、純粋悟性概念はいわば現象を経験として読み得るように文字にあらわすことに役立つもので、もしも、物自体に関係させられるべきものならば無意義となる。また、経験に先行しこれを可能にする超越論的(transzendental)という概念はかりに上記の概念の使用が経験を超えるならば超越的(transzendent)と呼ばれ、内在的(immanent)すなわち経験内に限られた使用から区別される。
-------------------
国語教科には客観性の問題があるけれどもしかし長々した文章のどこがどういうふうに重要なのか、作者のメッセージをどうやって受け取ったらいいのか、それは訓練する必要があると思う。色々難しいと思うけどね、河合塾の出口汪先生の分析読解? これはね、型から入る勉強を可能にする画期的なもので、これで日本の高校の国語教育が一変したと言える。勘違いしちゃいけないのは、これは中身を理解しないで、型から入るだけであって、分析読解ができるようになったからといって評論を理解したことにはならないということ。算数の割合の単元と一緒で、この分析読解で問題をたくさん解いて感覚的な評論の本質を理解することが大事なのですね。

-物語
最後まで粘り強く頑張ったけど俺は結局攻略できなかった。自分で問題解いてみないとわからないけどさ、受験が終わり二年三年経った今もう一度考えてみて思う仮説。

ね。君らさ、目の前のクラスの人間関係をさ、どうやって改善するのさ。この国語の物語で問われてることってそういうことなんじゃないかって思うんだよね。人生の色んなとき、いろんな状況に置かれたとき、あなたはどう行動したらいいのか? それが問われてるんじゃないかね。

俺が文化祭考察で言ったように、芸術品からそいつの心理を推測する。そいつの話す内容、声のトーンからそいつの心理、みんな俺には秘密にするけど、でも裏では実際に起きていることを推測する。あるいは学校の周りに広がる風景、地理条件がどう心理に影響するのか。

これはまさしく物語の読解で使われている手法一つ一つなわけですよ。そのためには理科の知識も必要。地理歴史の知識も必要。(これが地理歴史を学ぶ意義だと思うよ)芸術的感性も持ってなきゃいけない。人間研究をしていなきゃいけない。

授業でカスリとも触れないんだろうけどねやっぱ影響してると思うよ。こういう風景って。感受性の豊かな中高時代雨の日も風の日も毎日歩くんだからね。
麻布十番とかさ。
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西日暮里ね。はい。
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幕張。
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日本にはいろんな風景があるんや。
新潟
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瀬戸内海
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阿蘇
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京都
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三陸海岸
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北海道
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熊野
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出雲
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富士山
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秩父
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沖縄
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東大生は日本全国からあつまってるんだぜ? こういうものを理解することなしになんでひとりひとりの個性が理解できるの。それがね、地理歴史を学ぶ意義だわな。

だから今日本人って地域に対する感覚が非常に鈍化してるんだよ。教育の弊害で。

-古典
古典はね、日本で最も由緒正しい学問ですわな。日本の学問の伝統を未来へ伝えるってことだよね。歴史は全体像をつかむことが目的だが、古典は情緒的、文化的、世界観的な部分に触れるわけだよね。あと源氏物語とか、史記や論語? 和歌と漢詩、歴史上の名だたるスター文学をさらうところがね、古典のいいところだよね。ただ、授業自体は解読技術が中心なんだよね。こういう漢文の白文を所々出されて問題なく読めるようにするのが目的なんだろうけどね。

Wikipedia『可汗』
>『魏書』列伝第九十一(蠕蠕伝)において、丘豆伐可汗の意味を「“丘豆伐”猶魏言駕馭開張也,“可汗”猶魏言皇帝也。」と説明していることから、可汗とは中国で言う皇帝の意味であることがわかる。また、『北史』列伝第八十七(突厥伝)に「土門遂自號伊利可汗,猶古之單于也;號其妻為可賀敦,亦猶古之閼氏也。」、『旧唐書』列伝第一百四十四上(突厥伝上)に「可汗者,猶古之單于,妻號可賀敦,猶古之閼氏也。」、『新唐書』列伝一百四十上(突厥上)に「至吐門,遂彊大,更號可汗,猶單于也,妻曰可敦。」とあるように、可汗とは匈奴で言う単于にあたるとしている。

しかし助動詞とか返り点の順番とか、古語とか、いくら覚えたところで、全く白文が読めるようにならないのはね、ちょっとポイントを外してると思うんだよね。

[記憶系]
-社会、地学、生物
公民は、最も応用的というか、現場にちかい実際の社会に関する教科だよな。地学は地理歴史の延長。文系教科が文化的に人間を理解する教科だとしたら生物は科学的に人間を理解する教科じゃないかね。授業中写本したノートをアニメみながら繰り返し読めば、定期試験くらいの分量なら一日二日でできるね。問題集は買ってやったほうがいいと思う。定期試験の類題がないのがひとつ問題だと思う。物理化学は問題配りまくるんだけどね。

-化学
化学は演算系記憶系の複合。物理化学の役割は現代社会を支配する科学的考え方について勉強することだな。

・人から教わったやり方でやるのは効率がいいかもしれないが、例えば俺の特殊能力とか数学を自分なりに勉強して身につけたものだったりするんだよね。勉強以外のことを考えると一つの答えを知って満足してしまうのがいいとは限らない。「これが全て」的な感じで押し付けるのはいいと思わないけど、学力が低くて自信を失ってる人に教えるのはいいかもしれないと思う。

・以上のように勉強を効率化する方法を見つけ、余った時間で何をすべきかが大事。最も重要なのにどこをどうしたら皆目見当がつかない個性とかサブカルチャーを生み出したような自主性や独創性、コミュニケーションを中心とした人間性、倫理道徳哲学。学力と並んでこれをどうするかが教育のもうひとつの課題ですわな。てか教育っていう考え方がそもそも人間ごときが全てを支配しようとする実に近代的、社会主義的な発想なんだよね。人一人の時間、空間、考え方、行動を全て支配するってことがどういうことなのかをもう一度考えてみるべき。ゆとり教育はねちょっと工夫するだけですごい良くなると思うんだよね。
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テルル

Author:テルル
昔の記事は片っ端から消えていきますが、naverの方に移るだけです。2015年上半期の記事はこちら

厨二、傲慢、哲学野郎のテルルです。
僕は自分の考えたこと間違いだって気づくまで正しいと思うし、誰かに聞いて欲しいです。

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高一の冬休み、俺は2chの哲学板にはまった。世の中で恐れられてるねらーの哲学板の奴らを全て敵に回し「Res Killer」というコテハンで俺は各スレで暴れまくった。高三の頃再び出没したら俺のことを覚えてくれた人がいたようだ
参考サイト:第一回北野杯 ~俺を論破したら一億円!~

名前のとおり批判ばかりしていた。なにせ自分の意見をいっても大抵無視されるのでつまらない。批判ばかりだったが「では物事というのはどう考えれば正しいのか」た自然に考えるようになった。考えた問題については俺はすべて自分なりの答えを見つけることができた。それを繰り返しているうちに考えが整理され自分のすべきことが見えてきた。

 仮にこの複雑に見える世の中の問題全てに2chの哲学板で考えたように答えを見出すことができたら、俺はもう人を困らせることも傷つけることもなくなり、心から納得できる人生を歩むことが出来るのではないか。数学しかできないミスばっかりで人とまともに話もできない自分が世の中に価値をあたえることができるとしたらそれしかない。

理解してくれる方の質問と相談には誠意を持って答えたいと思います。

ただこのページは普段人を傷つけないために隠しに隠している僕のありのままをわかってほしいために書いています。なので容赦ない反論を覚悟してください。そうでないとこのブログを作った意味がないのです。
深い深い闇、その最奥の小部屋の僕の本質にたどり着けたならあなたは僕の神
ぼくの哲学は数学と同じく積み重ねて行くものなので、過去の記事を読まないと理解できないものが多々あります。CP理論と想系、類論はかなり重要なので右上の検索欄で調べてくれるといいです。そのまま検索しても変なページに飛ぶだけですが「ウェブ全体」ではなく「ブログ内」で検索するとうまくいきます

俺が一番分かってほしい考えを人にわかるように一生懸命まとめたwebページはこちら
国郷家計画
テルルのプロフィールの詳細はこちら!
俺の哲学は三つに分かれている。世の中の理想についてどこまでも追っていく理想の哲学、世の中の仕組みに関する一般論である構造の哲学、向き合っている現実を解釈していく表象の哲学。俺は高校二年の一年で理想の哲学をほぼ完成させた。俺はその理想の哲学(特に基幹理論)を広く世の中に訴えたいのである。

ところが俺がどんな努力をしようと、この文章を書いているカフェにテロリストが現れたら俺は今この瞬間にも死んでしまう。死んだら今までの苦労全て水の泡である。というわけでとにもかくにも理想の哲学を完全な形で世に遺さなくては! と思って去年の十月俺は本を書いたのである。中野ブロードウェイのタコシェという同人誌をおいてもらえる本屋さんに置いてもらった。AmazonのKindleでも買える。(下の画像をクリック)

執筆の目的は俺の考えを世に存在させること。利益は度外視。理想の哲学が端から端まで体系的に理解できる。初見で読むと抵抗あるかもしれないが、このブログ読んで関心もてた読者なら面白いと思う。
本の表紙

幸福について 理想の理論
ホームページはこちら。去年作ったのだがあまりにもちゃちいのでいつかグレードアップしようと考えている。というかツイッター、国郷家計画、殴り書き哲学含め、テルルの発信媒体のあり方をそろそろ本格的に考えようと思う。
殴り書き哲学
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この内容を知らずして左翼を騙るのはやめてほしい

参考記事→哲学バトン

センター試験過去問研究 国語 (2015年版 センター赤本シリーズ)
思想家を目指す受験生諸君にはぜひ国語をよく勉強して欲しい。国語なんて勉強しても成績上がらないという馬鹿を横目に、俺は中高六年間報われない努力を続けた。そしたら高校三年の最後に成績は上がり、他教科と並ぶ俺の得意科目になった。
言論に関する評論能力も文章力も飛躍した。入試問題というのは一流の出題者が組織の威信をかけて、選びに選ぶので、文章自体勉強になることが非常に多い。だから受験生以外の人にもオススメ。成績が上がる上に思想形成の一助になるのである。まさに一石二鳥。
参考記事→遜と敏

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